全てを受け入れることができ動じない心があるということは物事を理解しているからこそ動じないのです。理解するというのは良い点も悪い点も把握できているということです。良い点も悪い点もわかるからこそ否定も肯定も自由自在にすることができるものです。理解もせずに肯定することは徳のあることではなく、一面だけを見て否定することも徳のあることではありません。

徳の高い生命は、相手の成長のために相手の意見や考えに対して、最も成長を促すことができることは何かを考え最も利益の得られる答えをするものです。ただただ肯定をする事が正解ではない。ただ否定することが正解ではない。

尊生道
覚理 怜良命念